「ぶっちゃけ1年経ってますからね」
「今のうちに、リジャイアリクスを念視しておくべきでは?」
「ふむ……まあ、街中であれば呪文を残しておく必要も無いか」
普段ならば、何があっても1つ2つは呪文を覚えなおす余裕を残しておくのだが。
あのブラック・ドラゴンが気になるのもまた事実だ。
念視の準備を整え、マス・ダークヴィジョンとスクライイングを唱えると、大鏡に黒竜リジャイアリクスの姿が映り、何者かの声が聞こえた。
「──おまえの功績は充分に讃えられる。今は身体を休めよ。傷が癒える頃には、子等も目覚めるであろう」
リジャイアリクスはわずかに頷くと湖底へ潜り、見覚えのある石造りの建物へと身を泳がせる。
建物の中には、簡素な墓標が立てられていた。恐らくはサールヴィスのものだろう。
「──と、言う事だ」
「”子”ですか。嫌な予感がしますね」
「レストの廃墟へ戻らねばなるまいな。準備してくれ」
「明日出るのですか?」
「いや……出るのは3日後だ」
リジャイアリクスと再戦するのであれば、ヤツの鱗を貫くための武器が必要だ。
幸いにも、ブリンドルには《魔法の武器防具作成》の心得がある者が何人かいる。
ヘルシアのグレート・ソードと、オルトのロングボウを預け、宿へ戻る。
帰り際、ティリ・キトルの民から譲り受けたロングソードをヘルシアに差し出す。
「大事な剣だろう。いいのか?」
「騎士が帯刀してなくては様にならん」
「助かる。ありがとう」
「折るなよ。魔法の剣とはいえ、アダマンティンほど丈夫では無いぞ」
『街の地図はこれ』
『……なんで北が上じゃないんだよ』
翌朝、我々は石竜亭を出て、街をぐるりと散策した。
不慣れな街で個々に行動するのは好ましい事ではない。
途中、聖歌隊の子供達と楽しげに歌っているミハに出会ったが、憩いのひと時を邪魔をするのも悪いだろうと思い、その場は声を掛けずに立ち去った。
その晩、窓の外から歌声が聞こえるのに気がついた。
「何でしょうね」
「寝るには少し早いし、見に行ってみるか」
歌声に誘われるままに歩くと、やがて大聖堂広場へたどり着いた。
広場には人だかりができている。
中央には大きな篝火が焚かれているようで、歌声はその周りから聞こえてくる。
聞き覚えのある歌声は、昼間の子供達のものだろう。
我々が遠巻きに眺めていると、エオリアが空を見上げている。
「どうした?何を見て……」
「来ます!」
篝火が吹き飛んだ。薪と火の粉が舞い散り、人々が悲鳴を上げて走り出す。
ヘルシアがロングソードを抜き放ち、人々を掻き分けて前に出る。
崩れた篝火の上に立っていたのは、竜と獅子と山羊の首を持つ魔獣キマイラだった。
その肌には、赤い手型の墨が入っているのが見える。
まずい。人々が狙われれば、かなりの被害が出る事になる。
グリースかグリッターダスト……いや、呪文が間に合うか?
我々が動くよりもわずかに早く、3つの口が開かれる。
「なるほど!ハイローニアスの騎士とやらは、お前達の事か!」
魔獣が篝火の残骸を踏み越えて迫る。
ありがたい。ヤツの目は我々に向いているようだ!
『ライノズ・ラッシュから悪を討つ突撃!76点!』
『挟撃による急所攻撃!』
ヘルシアが一刀で竜と獅子の首を叩き落とす。
残された山羊の首が口を開くよりも早く、エオリアの短剣が胸に突き立てられる。
首を失った魔獣が倒れ、石畳に血が広がると、人々の悲鳴は歓声に変わった。
我々が人々から解放されたのは、それから2時間後の事だった。
Categorised as:赤い手は滅びのしるし
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